マシテンタンは、スイスのアクテリオン社が創製したスルファミド-ピリミジン誘導体のエンドセリン受容体拮抗薬です。
アメリカで2013年10月に「肺動脈性肺高血圧症」、ヨーロッパでは2013年12月に「肺動脈性肺高血圧症(WHO 機能分類クラスⅡ-Ⅲ)」の効能・効果で承認されている薬です。
マシテンタンは 肺動脈性肺高血圧症において活性化したエンドセリン-1 経路を阻害することで、血管を拡げ血圧を下げるはたらきがあると考えられています。
マシテンタンは、肺動脈性肺高血圧症治療薬の第一選択薬として期待される薬剤とされています。
また、PDE-5 阻害薬や経口 PGI2 製剤による治療をすでに受けている患者さんに対して追加した場合でも上乗せ効果が期待できる、併用療法に適した薬剤であると考えられています。
マシテンタンの特徴
マシテンタンの特徴はエンドセリンAとエンドセリンBの2つの受容体を阻害することと、他のエンドセリン受容体拮抗薬よりも、むくみの副作用が出にくいという点です。
エンドセリン受容体にはエンドセリンAとエンドセリンBの2つの受容体が存在します。
エンドセリンA受容体は主に血管平滑筋細胞上に発現し、血管収縮に関与しています。
一方、エンドセリンB受容体は主に血管内皮細胞及び血管平滑筋細胞上に発現しています。
血管内皮細胞は血管拡張に関与し、血管平滑筋細胞は血管収縮に関与しています。
肺動脈性肺高血圧症の病態下においては、血管内皮細胞の機能が障害され、血管を拡げる作用のある一酸化窒素産生が低下することによりエンドセリンB受容体を介した血管拡張が減弱しています。
一方で、血管平滑筋細胞上のエンドセリンB受容体がはたらくので、肺動脈性高血圧症の病態下におけるエンドセリンA及びエンドセリンB受容体はともに血管収縮の方向に機能していることになります。
Iglarz M et al.Vascular ETB Receptors Do Not Mediate Relaxation But Induce Vasoconstriction In Experimental Pulmonary Hypertension. Am J Respir Crit Care Med 189: A3344, 2014
http://www.atsjournals.org/doi/abs/10.1164/ajrccm-conference.2014.189.1_MeetingAbstracts.A3344
エンドセリンA受容体とエンドセリンB受容体2つを阻害するほうが、一つのみを阻害するよりも有効性が高いことは考えられると思います。
エンドセリンA受容体選択的アンタゴニスト投与すると、残ったエンドセリンB受容体に刺激がかたよることになり、長期にわたり刺激持続することによって血管透過性亢進物質の産生を介した浮腫等の有害事象の発現に繋がることが懸念されています。
実際、動物実験や臨床試験で、アンブリセンタン等のエンドセリンA受容体選択的アンタゴニストが体液貯留及び血管内皮細胞増殖因子(VEGF)による血管透過性を亢進させること、並びに血漿中バソプレシン濃度を上昇させることが報告されています。
Stuart D et al.Myocardial, smooth muscle, nephron, and collecting duct gene targeting reveals the organ sites of endothelin A receptor antagonist fluid retention. J Pharmacol Exp Ther 346 (2) : 182-9, 2013
http://jpet.aspetjournals.org/content/346/2/182.long
Vercauteren M et al.Vasopressin is involved in endothelin receptor antagonist-induced fluid retention in rat. Differential effect of selective ETA and dual ETA/ETB receptor antagonists. Eur Respir J 40: Suppl 56, 716s, 2012
http://erj.ersjournals.com/content/40/Suppl_56/P3898.abstract
マシテンタンは、エンドセリンA受容体選択的アンタゴニストに比べ、肺動脈性高血圧症病態下におけるエンドセリンB受容体による血管収縮に対しても効力を有することから、より高い有効性が期待でき、さらには浮腫などの有害事象の懸念も小さいことが期待されています。
既存エンドセリン受容体拮抗薬との比較
ボセンタンボセンタンは、胆汁酸塩排出ポンプを阻害します。
このことにより蓄積された胆汁酸塩が肝細胞障害を引き起こすため肝酵素値を上昇させることがあるとされている。
一方、マシテンタンは胆汁酸塩排出ポンプを介した肝障害作用は弱く臨床試験においてマシテンタンにより血清中胆汁酸塩の上昇を示す結果は得られませんでした。
マシテンタンは、ボセンタンで認められる肝酵素上昇のリスクはほとんどなく、肝酵素上昇によりボセンタンの投与ができなくなってしまった患者さんにおいても、新たな選択肢となる薬です。
アンブリセンタン
アンブリセンタンの副作用として、末梢性浮腫や肺水腫が知られています。
アンブリセンタンのようなエンドセリンA受容体拮抗薬での浮腫(むくみ)の原因は、阻害されていないエンドセリンB受容体が活性化することで一酸化窒素産生が起こります。
一酸化窒素は末梢血管透過性を亢進させ、肺胞上皮での肺胞液排泄を低下させることにより、末梢性浮腫や肺水腫を引き起こすと考えられています。
Iglarz M et al.Endothelial ETB Receptor Can Mediate Abnormal Vascular Permeability. Am J Respir Crit Care Med 187:A1716, 2013
http://www.atsjournals.org/doi/abs/10.1164/ajrccm-conference.2013.187.1_MeetingAbstracts.A1716
むくみやすく、アンブリセンタンの投与ができない患者さんでも、安全に使用できる薬かもしれません。
肝障害に注意
マシテンタンの治験のデータでは重度の肝機能障害を発現する可能性は高くないことが示されています。
しかし、アメリカにおいては、肝機能障害の発現に関して添付文書の警告欄で注意喚起がなされています。
さらに投与開始前及び投与開始後も必要に応じて繰り返しの肝機能検査を義務付けられています。
また、ヨーロッパにおいては、中等度の肝機能障害患者に対しては本剤の投与は推奨されていません。
そして、投与開始前及び投与開始後も月に1回の血清アミノトランスフェラーゼ測定を義務付けられています。
貧血に注意
国内外の臨床試験では、100人に4人程度に貧血、ヘモグロビン減少が起こることが示されました。
肺動脈性肺高血圧症患者さんは、抗凝固薬が投与されている場合が多く、多くの患者さんで出血リスクが高いと考えられます。
出血や出血に起因する貧血に関する注意が必要です。
定期的なヘモグロビン濃度測定を実施することで大事になるのを防ぎましょう。
低血圧に注意
効果の裏返しなので仕方ない・・・とは言えません。
国内外臨床試験では、他の肺血管拡張薬と同様に低血圧に関連する有害事象が認められました。
低血圧に関するリスクについては、腎機能障害を有する患者さんや、もともと低血圧の傾向が見られる患者さん(収縮期血圧 90 mmHg 未満)、そして血管拡張作用により病態が増悪する可能性のある特定の基礎疾患(体液減少、重度左室流出路閉塞、自律神経障害等)を有する患者さん慎重に投与される必要があります。
オプスミット錠10mg
[効能・効果]
肺動脈性肺高血圧症
[用法・用量]
通常、成人には、マシテンタンとして10 mgを1日1回経口投与する。
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